lesson2:縄の痕(6)
「いずみさんの乳首はとても色素が薄くて好きです。早く見たい。可愛い色をしている」
胸を撫でられながら、そっと耳朶を噛まれる。声が我慢出来ない。子宮の奥が疼いてくるのが分かった。発情する、とはこういうことを言うのだろうか。したい。セックスがしたい。それから、絶頂したい。そこまでの過程を楽しみたい。拓也の前ではとうに消え失せた気持ちが奥から奥から溢れてくる。幻想の相手のように、成宮は都合良く存在していた。だからこそ繰り返してしまう。また、会いたいと思わせる何か、があった。吐息を耳に感じて、ぶるぶると震える身体。
「ああっ……」
堪らず、声をあげるとその唇を塞がれる。舌が舌に絡む。息が出来ないほどきつく、舌を吸われた。
「い……たっ……」
「ああ、いずみさん……もっと虐めたい。貴女を。縛りたい」
成宮の声は少し上ずったように聞こえる。成宮も、私と同じような気持ちになっているのだろうか。私だけだと思っているこの不思議な感情は、成宮にもあるものなのだろうか。それとも、他の大事な女性がいる、のだろうか。そう、私と同じように……。
「歪む貴女の顔が見たい。もっと、口づけたい」
真剣な成宮の表情に、目が離せない。どうしてこの人は私にこんな感情をくれるのだろう。まだ名前さえも付いていない、この不思議な感情。恋とも愛とも違う、今まで感じたことの無い感情。子宮の奥が疼く。これは一体何なのだろう……そんな風に思っていると、成宮は耳に低く囁く。
「スカートの中を僕に晒して。見せて下さい。さあ」
戸惑いながら、成宮の顔を見る。
私が?自分で、する……の……?
私の表情を察したのか、成宮はベッドの下で跪いて、そっとプリーツスカートを捲る。
「さあ、いずみさん。持って下さい」
心臓の音が、どきっどきっと高鳴る。その音で耳が割れそうなほど熱い。スカートの先を持って、そっと、あげていく。自分が穿いている黒いストッキングは、大腿の根元の、厚い生地の場所まで見えていた。動悸と連動して、スカートが揺れるのが分かる。恥ずかしくて、それでもそっと成宮を見ると、じっと私の顔を見ていた。
「ああ堪らない。清純な貴女が……彼氏のいる女性なのに、僕の為にこんなことまでするなんて」
クス、と笑う成宮。一気に顔が赤くなるのが分かった。
「で、でも、成宮さんが……言ったんです、こうしろと」
「そうです。僕の所為ですよ。だから、とても興奮しているんです。全ては僕の所為、だから」
ずきん、と心の奥が痛む。成宮の所為。この男に私は逆らえない。でもその痛みは、一気に甘美な薔薇色に変わる。彼はスカートの中に顔を埋め、私のその場所の匂いを嗅いでいた。
「やっ、成宮さん、そん、な……」
成宮の高い鼻が、ストッキング越しに感じられる。思わず大腿を閉じてしまうと、ぐっと強く開かれた。
「だめですよ、このまま……貴女はスカートを持っていなくては。下半身は力を入れてはだめです」
「で、も……」
そんなことをされたら、更に濡れてしまう。今のままでももう濡れているのは分かっているのに、こんなに恥ずかしいことは無い。でも、成宮にそう言われると身体は逆らえなくて、取り残された心だけがひどく恥ずかしさを感じていた。身体が反応していることを、恥じている自分は、それに快感を感じている。
「じっとして――――そうです、そのまま。ああ、いい匂いですよ。甘くて、清純な貴女の香りだ」
「嫌っ……あああ……」
「嫌ですか、いずみさん。とても気持ちよさそうです」
こんなこと、許されることでは無い。セックスをしないと言っていて、その実、この男はもっと罪深いことをさせているのではないか。彼氏のいる私が、今欲情しているのを知っている成宮。それを巧みに利用しながら、快感の手錠でがんじがらめにしてくる。そんな気がした。
「ああっ、はあっ……」
「……嫌なら、逃げていいんですよ。僕は貴女の嫌がることはしたくない」
「……」
じっと、スカートを拡げながら成宮を見る。涙が溜まって、少しぼやけて見える。涙は恥辱と快感のものであって拒否の涙では無かった。そしてそれを、この成宮という男は、知っている、のだった。
「どうしますか」
優しく聞かれて、そっと指でストッキングの真ん中をなぞられる。瞬間のけぞり、足を開いてしまっていた。
「……嘘、」
「何が嘘なんです」
「嘘です。私……嫌じゃありません」
そっと私の頭を抱き寄せて、髪の毛を撫でてくる。石けんの清々しい香りに、成宮の汗の匂いがほんのりと混じる。なぜだかとても安心する。この男の香り……
「……知っていましたよ。可愛いいずみさん」
そう言って成宮は私から離れていく。肩にかけるタイプの成宮の鞄から、出てきたのは赤い縄。この前と同じ縄に見える。ゴクリ。喉が鳴った。
「今日は、二本。二本あります。貴女とこの前別れた時から、僕は次、貴女をどんな風に縛ろうかと大変悩みました。今日は――――」
成宮はベッドに座っている私の目の前で、赤い縄をピンと張って見せた。
ああ。
私はこれを望んでいたんだ。
この前検索した「縄 縛る」の結果画像がちらほらと脳裏に浮かぶ。これから、どうなってしまうのだろう。
「手首と足首を縛ります。勿論、両方の、ね」
「――――それでは、私、は」
「そうです。動けません。拒否することも出来ない。逃げるなら今のうちです。本当に大丈夫ですか」
縛られた後の自分を想像して、それでもこくんと頷く。私も縛られたかった。成宮が縛りたかったように、私も――。食い込んだ縄の痕を想像していたのは、自分も同じだった。
「大丈夫、です。あのあと、私、少し調べたりしました。縄のこと」
「ほう、それは嬉しいです。僕の趣味を肯定して下さったのですね」
「縄師っていう人はすごいんだっていうのが分かりました」
「好きでやっていると、自然と覚えてしまうものですよ。男は、自分の快感には従順だ。僕が、こうして貴女に会いたくて止まないのも」
そっと、私の左手を取って彼は言う。その手の甲を指先でなぞられる。ゾクゾクと背筋に走る快感。この人の与える快感に溺れたい。例え、それがセックスでなくても。
「僕の最大の快感はいずみさんを縛ることだからです。早く縛ってしまいたい。でも、楽しくて楽しくて、後で取っておきたい気持ちもある」
ふふ、と笑って成宮はその手首に縄を掛けた。そのまま、ベッドの上に曲げた足首にも縄を掛ける。その二か所を更に結ぶと、丁度腕は大腿の外側にロックされて動けない。自由にできる関節は股関節のみとなる。
「あ……」
途端に不安になる。手が動かせない、というのは大変に不便だし、なにしろこんな状況なのだから当然と言えば当然だ。前回とは縛り方が変化している。確実に、自由を奪う縛り方をしてきているのが分かった。