lesson2:縄の痕(8)
「ああ……はあ……」
「僕がちょっと、言葉で責めるだけでそんなに感じてしまって。本当に可愛い人だ。さあ、何をどうして欲しいんです」
「あのっ、下着を……ずらして下さいっ」
「こう、ですか。ああ、もうこの下着は捨てた方がいいですね。ぐっしょりだ」
「ああっ、言わない……で」
「……」
成宮はじっとそこを見つめる。それから、私の耳許にそっと囁く。低音が、背骨に通って更に子宮を刺激する。
『クリトリスが、尖って飛び出てますよ。どうします』
かっと顔が赤くなるのが分かる。恥ずかしい。でも何も出来ない。恥辱で涙が一粒こぼれ落ちた。
「うう……ああ……」
「ふふ。そんなに感じて。清純な貴女が、こんなにもそこを尖らせるなんて。何があったんです」
「縄っ、縄……でぇ……縛る、からっ」
「いずみさん。普通の人は、縄で縛っただけではここまで感じないんですよ」
「そんな……」
「貴女は被虐性癖があるんです。僕は、会ったときから分かっていましたが」
頭を殴られたような衝撃だった。私が?そんな……自分でそんなことを思ったことは無い。今までも普通の人と付き合ってきた。どうして、どうしてそれが、成宮には分かるのだろう。
「僕が興奮する相手は全て、そのような性癖の人だけ。素質があるというのはそういう人のことです」
「そんな、違います、私は、普通の」
「いいえ。縛られた縄をなぞると、こんなに感じる。貴女はこちら側の人間ですよ」
そう言うと、成宮は私の開かれた脚の間に顔を挟み込んだ。
「さあ、どうされたいですか?入れるのは無しです。言いなさい。欲望のままに。僕は彼氏ではないのですから」
欲望のまま?そんなこと、今まであったろうか。自分の欲望のままにセックスしたことなんてない。男の気持ちを伺って、男が気持ちいいか見計らってした自分。でも成宮とするこれは全く違う。
「ここを……尖っているそこをっ」
「触るのですね?分かりました」
心の中では、舐めて欲しいと思ってしまっていた。でも、成宮の指先が私の口腔に入ってくる。唾液で満たしたその長い指が、そっとそこへ宛がわれていく。するとつんざく快感に身体は仰け反る。縛られた足が、更に開かれた。
「ああ~っ……」
「そんなに足を開いて。膣が丸見えですよ。いいんですか」
「ああ、でも……でも」
「ここに入れたら気持ちいいのでしょうね。でもだめです、まだ……まだ先です。さあ、これでいきなさい、いずみさん」
そっと、成宮の指がその突起を挟み込む。そして、きゅっきゅ、と左右に動かしてきた。腰が捻れていく感覚の中、乳首をぱくっと咥えられた。あまりの気持ち良さに、渦のような快感がぐるぐると身体の中を駆け上がっていく。成宮の頭を抱えて達したいところだが、手はぎっちりと縛られて動かない。自由に出来ないという快感の中、また、成宮の術中に嵌まり、天井に押し上げられていく。
「ああ、いって、いってしまう」
切羽詰まってそう言うと、成宮はどうぞ、と優しく言う。乳首をちゅう、と吸われ、突起を挟み込まれて私は弾ける。
「あー、いく、いく……!いきます……」
宣言して行くと、爆発的な快感が押し寄せてきた。薔薇色のピンクと、棘のある苦み。両者が入り交じって、絶妙な気持ちよさとなっている。
「……!……!」
その後も、じわりじわりと続いていく余韻。まるで膣に入れられていないのに、ここまでの快感なのか、と驚きを隠せない。成宮はそっと、乳首を唇から離した。
「素敵だった……いずみさん。貴女は本当に素敵な女性です。唯一無二の女性だ」
「……ああ」
絶頂の最後、余韻の吐息を吐いて考える。唯一無二、というのはどういった意味だろう。私しかいない、そういう意味だろうか。でも成宮はきっと、今まで何人もの女性と緊縛をしてきているだろう。
また、そっと抱きしめられる。縛られたままの身体を撫で、慈しむような視線を送る成宮。
「縄を取りましょう、……名残惜しいですけどね」
成宮は手首と足首に結んでいる縄を解いてくれる。一気に解放される身体。手首に、うっすらと痕が付いているのが分かる。ベッドに腰掛けると少し、浮遊感を覚える。これはどうしてなのだろうか。
「大丈夫ですか、激しくいっていましたから、少しふらふらしているかもしれませんね」
「そうですね、あの……私だけ、なんだか盛り上がってしまって恥ずかしいです」
「いいえ。僕も。とても興奮しました」
唇に触れるだけのキス。まるで愛する人にするかのように、そっと手を取られた。
「この痕、僕が付けたんですよ。いずみさん」
その通り。成宮が付けたもの……だけれども、何故かその声は寂しそうだった。たくさん聞きたい事がある。どうしてそんなに寂しそうなのか、妻は今どうしているのか。結婚指輪をしているのだから、妻がいるだろう。
聞いてはいけないのだろうか。でも、気になってしょうが無い。ちら、と横目に指輪を見る。
「気になりますか、指輪」
ぎくり、とする。はい、と正直に返事をすると、成宮はそうですよね、と穏やかに言う。
「……もし、僕の話が聞きたいなら」
私は絶頂した後の快感で、少しぼんやりしながら成宮の声を聞く。
「僕のパートナーになって欲しい。貴女なら、僕は自分の欲望を叶えられそうだ」
「パートナー?」
「ええ。僕が貴女のオーナー。ドミナント、なんて言葉もありますが僕は愛情をかけて貴女を手に入れたい。すると、オーナーという言葉が適切でしょう。貴女はサブミッシブ。オーナーの希望を叶える女性です」
「どういう、ことですか」
「調べてみて下さい。僕は貴女にもよく考えて欲しい。僕が支配者になる、貴女を縄で縛り、心も縛る」
「それって……」
戸惑いを隠せない。もし、それをしてしまったら拓也との仲はどうなるのだろう。
「彼氏とは今のままで結構ですよ。セックスしても良い」
「でも、私……」
ホテルの部屋の、床を見つめる。クリーム色の絨毯が敷いてあった。それにさえ気づかないほど、夢中で成宮を求めていた。成宮の縄を、あと、他にも……
成宮の顔を見ると、左目の際の黒子が気になる。色っぽく自分を見つめるこの男性と、私は何をしようとしているのだろう。これに返事をしてしまったら、もう戻れない気がする。だめだ、それだけはだめだ、と心の中で誰かが叫んでいるようだった。