lesson10:見えない痕(4)

「どうして欲しいですか、花嫁さん。美しく、そして幸せが約束されているというのに」
「欲しいです、ほしい……あなたが」
「僕が欲しいですか」
「はい。ください」
「貴女は可愛い人です。僕の大事な人……今日は貴女を確実に絶望に堕としにきたのに。貴女から僕を欲しいとは」
 そう言って、彼は水色のドレスをまくりあげる。
「それでこそ、僕のいずみさんです」
 下着の上から、優しくソフトに啄む舌。彼の匂いを嗅いだだけで反応するそこから、あふれていく愛液が、彼の鼻筋を濡らしていくのが分かる。尖ったそこを、鼻が掠めた。
「あっ、あうっ」
 びくんと揺れて、震える乳房にてのひら。興奮から快感の渦に巻き込まれて、そのまま彼の舌に包まれていく。
「はあっ、きもちいい……きもちいい」
 本能でしか言葉を発することができずに、私は焦れる。だめだ。もう、成宮の顔を、指を、匂いを身体の奥が欲している。それに、舌が目の前にあったら何もできない。何も抗えず、彼の舌が先端に来ることを願っている……
「ああっ、舐めてっ、舐めてくださいっ」
「もちろんです。僕は貴女のものですから……いずみさん」
 じゅっ、じゅっと音を立てて彼は私のそこに吸い付く。唾液を絡め、食べていく。少し甘噛みして、引っ張って、くるくると舌を回して。結婚式の当日に、私は違う男に舐められている。彼の、その針で貫いて欲しくて……
「舐めたい、私もっ、成宮さんのを」
「貴女は罪深い人です、式のドレスで僕を、などと」
「その罪さえ愛おしいのです……成宮さん。お願いです、どうか」
「貴女には敵いませんね」
 そっと、スーツの下、ジッパーが降りていく。
 男の匂い、その中でも成宮の匂いだけが新鮮で、想像をかき立てる。そり立っているそれは、私のその場所を今か今かと欲しているように見える。
「ああ、いい匂いです……成宮さんの匂い」
 完全に、何か媚薬でもきまっているかのような表情になっているのが分かる。欲しい。これが欲しい。早く中に入れて、感じたい。でも、味を確認したくて、私はそのいびつな先端に唇を付ける。すると、彼は優しく私の頭を撫でる。花がとれてしまわないように、まとめている髪のなだらかなラインをなぞる。彼の指が触れたところから、じんじんと興奮が伝わっていく。この人と繋がりたい。この人を粘膜で感じたい……本能が叫び出すのが分かる。
 じゅぶっと唾液の音をさせて彼を舐めると、苦痛のような表情が愛おしい。今までは余裕のある成宮だったのは、全て演技だった。本当は、いつでも私の中に出したくて仕方ないと。そう告白されたのはつい最近のことだが、そんな風に言われたら女はとろけてしまう。愛おしくて、欲しくて仕方が無い。彼のものを体内に受け止めたい……
 速度は、徐々に速く。舌は沿わせて強く押しつける。前歯の裏に、亀頭が当たるように、歯まで使って、頬をすぼませて……彼がきもちいいためにはどうしたらいいのか、今までたくさん研究してきたのだ。
 これが欲しい。すぐ貫いて欲しい。硬く、大きいこの凶悪な針で。お願い、彼が自ら願って私を貫いてくれますように。欲しいと、私が欲しいと言わせたい。そんな気持ちが駆け上がっていく。
「ああ……いずみさん、こんなところで、こんなふうにされたら」
 彼は私の身体をひょいと持ち上げて、奉仕していた唇にキスをする。
「入れたくて仕方がありません。出して、いいですか」
 はい、と返事をして私は作戦通りと、ペロリと舌で自分の唇を舐める。壁に手をつくと、会場の声が微かにする。まだ、電子株式の説明が終わっていないのだろう、時折拍手がしている。そのまま、後ろからゆっくりと入ってきたそれを確認する。
 ああ、成宮だ。これが欲しかった。これだけが私の真実。この人とのセックスの前では、女の幸せも、プライドも、世間体も。全て吹き飛ぶ。これが欲しかった。これしか、真実はないのだから。
 後ろから入れられて、奥まで入ったところで、ぎゅうと抱きしめられた。そのまま、首をねじ曲げてキス。それから、腰を抱えて、彼は動き出す。奥にあれが挿さって、とんでもなく気持ちがいい。奥の、もう一つある入り口にぶつかって、徐々に押し上げられていく。一ヶ月の間の、彼に対する慕情がすさまじい。ぼたたっ、と床に落ちていく潮の音。私はもう、このまま彼と天国に行きたい。このまま、終わってしまってもいいくらいだった。
「いずみさん……僕の花嫁……僕だけの……」
「そうですっ、私はっ、成宮さんのために……拓也と……結婚した」
 律動の中に、真実が紛れて、途切れ途切れに私は呻く。
「ああ、愛おしい……僕のものだ、完全に、貴女は」
「はいっ、あなたも……私のものっ」
 脳裏にキラキラと光る黄金を、確実に捉えながら、彼の存在感は増していく。日常であなたに会えなくとも、私はあなただけを想う。好きでも無い男と結婚して、好きな男の夢を見る。これが、私の、あなたへの歪んだ、愛のかたち……
「いきます、出します……いずみさん、僕のいずみさん……」
「出して、出してください、中に……欲しいっ……」
 その瞬間、私ははじけて、叫ぶ。ビクビクと中に出されたその液体が、自分の膣に、子宮に広がっていく感覚を噛みしめて、大きな渦の中、また小さく絶頂する。
「ああっ……」
 沢山の星がちりばめられた視界の中に、小さく彼の吐息がする。
 抱きしめて、抱きしめられて、私たちは、また関係をつなげていく。ずっと、永遠に、彼へのこの気持ちが終わりませんように……
 外では、歓声が上がっていた。
 薄くその声を聴きながら、私は彼の腕の中で目を瞑った。
 耳元に、囁く声。薄い唇……
 甘いその声は、私をこれからも縛っていくのだろう。
「いずみさん、さあ、普通の花嫁に戻るのです……ずっとずっと、あなたを愛していますよ。僕だけの花嫁」
 透明な声。低くて、洗練された、私だけのドミナント。
「はい、成宮さん。はい……」
 乱れたドレスをもう一度着ながら、私はその頬に触れる。唇を、髪の感触を……反芻する。
 個室をでると、新婦さーん、と声がする。みんな、私を探しているようだ。
「新婦の沢城いずみさん!さあ、一言言ってもらいますよ」
 田町の声に、私は遠くから、はい、と返事をする。もう、彼の声は聞こえない。その代わり、いつぞやからずっと縛られた痕をしっかりと感じているのだった。