lesson2:縄の痕(5)

 成宮の目を見ると、吸い込まれそうになる。澄んでいるようで、でも奥に怪しい光が灯っているような、彼の瞳。見つめられると逆らえない。自分の気持ちを、隠せない……
「は……い」
 素直に答えると、にっこりと笑う。優しい笑顔、でも少し、寂しそうに感じるのはどうしてだろう。
「僕もですよ……縛りたい。早く。貴女の肌に縄が食い込むのを、見たい」
 取られた右手の、中指をそっと、噛む。指先に甘く、鋭く快感が走る。
「あっ……」
 すると成宮はシー、と人差し指を私の唇に持ってくる。
「そんな声を出してはだめです。僕が我慢出来ません」
 その、途端に色づいた成宮の声を聞くと、腰が砕けるように力が入らない。奥が疼いているのが分かる。どうしたらいい?……どうしようも出来ない。私には。抗えない……
「出ましょう」
 その快感の糸を断ち切るように成宮は言う。その途端目が覚めるかのように私は背筋が伸びた。ああ、また彼の術に嵌まってしまったようだ。すぐに鞄を持ってコートを羽織る。
「ありがとうございます」
 マスターの言葉に軽く会釈して、二人で外へ出る。駅のイルミネーションがキラキラと輝いている。そんな中、恋人でも何でもない男と、私は並んで歩いている。一体何の為に?
「綺麗ですね、いずみさん」
 何気ないその言葉。よく知らないこの人の、優しさの片鱗に触れてなんだか胸が痛い。拓也とは、こんな風に外を歩いて灯りに感動するなんてことはないかも知れない。恋人同士なのに?今では、成宮とのそれが、好きな人とすることに近づいている気がする。
「綺麗……」
 緑のもみの木に飾られた、駅前のイルミネーション。そうだ、私は来週には拓也とクリスマスを過ごすのだ。
 それさえも、罪のような気がする。
 成宮が歩いて行くのをぼんやりと見つめながら、私たちは前と同じホテルへと入っていった。


 今日の部屋は前回と違う部屋で、少し広い。ベッドと、壁面に鏡のある部屋だった。ベッドの頭側に位置するその鏡は、部屋全体を映し出せる大きさである。もしかして、と思う自分の心にわざと蓋をした。
「いずみさん、今日の服はとても可愛い。スカートも素敵です。まるで制服のようですね」
「あ……」
 鏡によからぬ想像をしていると、後ろから抱きしめられた。スカートをチェックにした、その思惑をくみ取ってくれている。それだけでも嬉しかった。
「よく分かっていますね。背徳感というものが貴女もお好きなようだ」
 背徳感。学生の様に見える、という事だろうか。白いセーターの上から、そっと双丘を撫でられる。
「は……」
 期待していたことが現実になる。何度も反芻した成宮の指。さっき噛まれた指から、その胸の先端に快感が移り変わっていく。声が我慢出来ずに、吐息を吐く。すると成宮は、耳許に囁く。
「堪らないです、その漏れる息も……僕の指が貴女をこんなにしていると思うとね」
 そのまま、先端を人差し指でゆっくりと擦られる。鈍い刺激から、徐々に快感は増幅していく。ああ、下半身が熱い。きっと、もう私は疾うに濡れているのだろう。
「おや、もう立っている……みたいですよ、いずみさん。感触がさっきと違う。こりこりだ」
「は……ああ」
 諦めの様に声を漏らして、身体を捩る。だめだ、もう……逆らえない。きっと、私は成宮のどんな要求にも応えてしまうだろう。こんなに快感を教え込まれて、焦らされて。女の気持ちを熟知している。
「力が抜けてきていますね、さあ、ベッドにお座りなさい」
 素直にベッドの上に座る。コートを成宮が取って、成宮自身が持っていたコートと一緒に放り投げる。
「余裕がありません、僕も」
 ベッドに座ったまま、唇が重なる。前回はキスの確認があったのに。もう容赦無い。そっと入ってきたと思うとそのまま奥まで舌が入っていく。
 呻いて、身体を捩る。その舌の刺激は、ダイレクトに背骨へと繋がっているようだった。びりびりと痺れて、めくるめく快感の渦へと滑り込んでゆく。これだ。これが、欲しかった……。
 成宮の手が、そっと耳を撫でる。それから、髪の毛の間を指が通っていく。それだけでもう、吐息から声へと変わってしまっていた。
「ん、ああ……はああ……」
成宮はふふ、と少し笑ったような気がした。驚いて目を開けると、彼は優しく微笑んでいる。
「貴女のその声が、聞きたかった」
「あ……」
 初回の時よりも大胆になっている自分を恥じて、私は下を向いた。恥ずかしい。まるで発情しているのを知られていて、落ち着いているのは成宮だけ。自分だけ盛り上がってしまっている、そんな気がした。
 今日こそは、成宮から縛るだけで無く、セックスしようと言われるのでは無いかと期待する。いや、私は何を考えているのだろう。来週は拓也とデートなのに。
「貴女を縛った日、僕は興奮していたんですよ」
 意外な言葉を聞く。そんな風には見えなかった。とても冷静に見えたのだが。
「こんな綺麗な貴女が、僕の縄で果てた、と思うとそれだけで……いや、いずみさんのような清純な方にこんなことを言ってはいけませんね」
「綺麗では、ないです」
「いいえ。気付いていないだけだ。平凡だと思っているんですか?大きな間違いですよ。あの時弾けた貴女を、僕は」
 じっと見つめられて、心臓が飛び出そうになる。試されている。でも、自分でもあのあと不思議に思ったのだ。成宮自身は、気持ちよくないはずだ、と。
「あの、私、気になっていたんです。私だけが、その……気持ちよくなってしまって。あなたは、まるで感じていないまま、だったので」
「いいえ、僕も気持ちよかったですよ」
「そんな、でも」
「僕はいいんです。貴女のその姿を脳裏に焼き付ける。それから、一人で慰めます」
「でも、私は」
「貴女は恋人がいるのですから。罪なことはさせられない。縛らせていただければそれでいい」
 この気持ちはなんだろう。自分にとって都合がいい話なのに、まるで拍子抜けしたような気持ちだけが残る。
 一人で慰めているなら、私が、何かできないのかと考えてしまう自分がいる。
 いや、止めよう。私には戻る場所があるのだから。
 こくん、と頷くと、成宮はそっと白いセーターの上から指でなぞる。そうだ、この前は、胸でいってしまった。それを身体が思い出して、一気にじわりと濡れていくのが分かった。行ったり来たりする成宮の指は長くて、細い。でも硬そうで、格闘技をしている人の手と言われると納得する。この手を拳にしたら、石の様に硬くなるんだろうか。そっと、てのひらを成宮の手に重ねてみた。指のゴツゴツした感触が、心地いい。拓也では無いその手。どうしてそんなに優しく、愛おしそうに触れるのだろう。