lesson2:縄の痕(9)

「よく、考えてみて下さい。別に痛いことはしませんよ。もっと素敵な事もいずみさんに教えてあげられます。そう、目隠しは今日できなかったので次回に。それから、膣に入れたりするとか」
 入れる、という言葉にまた反応してしまう。あの瞬間は本当に入れたくてしようが無かった。今でも、もしあのとき、と思ってしまう自分がいる。そう、膣に入れて絶頂を体験したくて、腰が動いていたのは紛れもない事実だった。膣で絶頂するのと、外の刺激で絶頂するのでは、快感の種類は格段に違う。拓也では体験できなくなったその感覚を、私は成宮で埋めようとしているのだろうか。でも、この人にこれ以上関わってはいけない。いけないと分かっているのに……
「……少し、考えさせて下さい」
「勿論です。いいお返事を待っていますよ」
 成宮が破いて締まったストッキングを見て、あの瞬間の彼の熱情を思い出す。刹那の激しさは弾けた後に、より強烈に思い出される。成宮が渡してくるストッキングは、自分が穿いていた黒では無くて肌色のものだった。
「僕が破いたのではない色を。僕の色に塗り替えられたようでとても興奮するので」
 どういう意味か分からず、私はそれを受け取るとバスルームに消えた。
 支度をして出ると、成宮は乱れた服や、使用後の縄を全て片付け終わっていた。
「出ましょう、遅くなってしまいましたね」
 また、事務的な声に戻っている。心の奥底で、成宮が事務的では無くなることを望んでいる自分がいた。でも、想像してみるとそれは恐ろしくもある。拓也の顔がちらつくのを必死に隠して、私はホテルのドアから出て行った。

 
そのバーは夜遅くにやっているだけあってライトアップも洗練されており雰囲気のあるお店だった。コースは簡単なものではあるが豪華で、キャビアやトリュフなんかが散りばめられている。普段は絶対に食べないような料理が、目の前に並んでいた。
 拓也から前日に届いた服は、袖口まで覆われるタイプのもので、真っ白のシルクと黒のリボンがアクセントになって可愛らしさも演出できるワンピースだった。心の何処かで、袖が隠れて良かったと思っている自分がいる。
 昨日の情事でうっすら付いた薄紫の点々。それを拓也には見られたくない。いいわけが出来ない自分の悪い心     をしまって、目の前の拓也と酒を飲む。乾杯の音も高く、しかし拓也はひどく疲弊していた。
「いや、今日がピークって分かっているけど、やっぱり疲れるね。……うん、いずみ、よく似合ってる、その服。良かった」
「あ、ありがとう拓也……すごい気に入ったよ」
 少し照れながら、でもその心の大半は昨日の行為へと向いている。昨日、私は……拓也の知らない人に縛られて、乳首を舐められて、あそこを触られて絶頂した悪い女だと、言ってしまいたくて仕方が無い。心が重かった。
「いずみも何か疲れてる?でも酒もいいし、ここの料理洒落てて好きだな、俺」
「うん、素敵な店。ワインのチョイスもいいし。そうだね、疲れてる、……かなぁ」
 ぼんやりと言葉を濁して、また酒を飲む。心ここに非ず。まさにその形容がふさわしいかもしれない。
「俺も疲れがね。でもいずみと飲めたのは嬉しい。しかも可愛いし。ぴっちり化粧して、綺麗にしているのなんて久々見るよ」
 可愛い、と言ってくれる彼氏がいて私は心底幸せだ。好きな人に可愛いと言ってもらって。大好きなワインと、とびきりの料理にプレゼントされた服。これ以上、何を望むというのだろう。なのに、心は晴れない。
「今年も、拓也とクリスマスできて良かった」
 そうだね、と感慨に耽る拓也の顔をみて、ずきんと傷む心。いっそのこと、拓也と別れてしまったら?そうしたらこの痛みともさようなら。成宮との危険な一歩を、踏み出せるのではないか。そんな事を考えてしまっている自分がいた。
「そうだね、来年も、そのまた再来年も……こうしていよう、ずっと」
 うん、と何気なく答えて、その言葉に違和感を覚える。どういう意味だろう。ずっと、私はこの人とt一緒にいるの?本当にそれでいいの……?
「いずみ、明日もさ。残りの商戦があるから、今日は手っ取り早くボトル片付けて、また仕切り直そう。綺麗な夜景に乾杯したらさ」
 さりげなく、切り上げの言葉が拓也からでる。そうだね、と答えて、私は夜景の漆黒と、ネオンの境目を探す。
 キラキラと光る幾つもの灯り。そこに紛れるように重なる闇。どちらも同じで、境目など分からない位一体化している。何だか分からないけど、ひどく不安になった。
「メリークリスマス、花巻いずみさん」
「メリークリスマス、沢城拓也さん」
 二人で言い合って、笑って、そのまま別れて家に着く。
 いつもいつも会う度にしていたセックスは、今日は無かった。