lesson3:セーフワード(5)

 ふと、身体の重みが消えて、成宮は何処かに行ってしまったようだった。
「……?成宮さん……」
 起き上がると、成宮がリビングの向こうから赤い縄を持って歩いてくる。そのまま、私は縄を凝視する。前に見た縄より、束ねている長さは多く見える。
「いずみさんを本格的に縛りたくって。今日は長い縄を使いますよ。僕の家に来てくれたのですから、おもてなしをしなくてはいけませんね」
 くす、と機械的に笑って、成宮はそっと、縄の真ん中に輪を作り、私の首に掛ける。何が始まるのだろう。
「きっと、綺麗ですよ。貴女に縄が食い込む様は。次に彼氏に会うのはいつ頃ですか」
 突然拓也の事を聞かれて、ぎくりと心が冷めていく。どうして、こんな時に……
「どうして、拓也の事を」
 思わず名前が出てしまって、慌てて口を手で塞いだ。
「拓也さん、というのですか。……次に会う日に合わせて、縛ります。強さを調整したいのです」
 痕を見られないように、ということだろうか。それでいうなら、きっと私たちが会うのは年明けになるだろう。今縛られたら、一体どれだけの日にち、跡が付くのか見当もつかなかった。でも、この前の縄の痕はすっかり消えている。きっと強く縛っていなかったのだろう。
「年明け……一週間は合わないと思います」
 そうですか、とだけ言って、成宮は私のブラジャーホックに手を回す。今まで、着衣で縛られてきた。でも、今日は違うのだろうか。
「今日は亀甲縛り、と言うのをやりましょう。聞いたことがありますか」
 こくん、と頷く。まるで泣くのを忘れた小鳥の様に、私は彼を見ながら来たいと不安の狭間にいる。縛られたい。怖い、縛られたい、怖い……
「どうしますか、止めますか。今のうち、ですよ」
 ブラジャーのホックだけを外して、成宮の吐息が耳にかかる。止めて、と言っても聞きません、と行ったのは成宮だ。と、いうことは……
「止めてください、お願い、します」
 にやり、と成宮が笑った――気が、した。
「だめです。今日は僕のものだ、貴女は」
 そのまま、ブラジャーをそっと取られて外気に触れた乳首が硬くなるのが分かる。温度差の刺激でなるものだが、今は緊張の度合いが高い。心臓の音に合わせて、自分の乳房が揺れているのが分かった。
「ああ……立ってる。ねえ、いずみさん。見えますか、貴女の乳首。硬く、なっていますよ」
 はい、と返事をすると、そこに唇の先端が触れた。あっ、と呻くと、今度は舌で先端をつついてくる。今まで、こんなにダイレクトに触った事は無かった気がする。これが、契約の練習。普通に、これはセックスのような気がする。もう、挿入しないとかするとか、そんなこと関係なく、快感を求めてする行為は皆、セックスと呼ぶべきなのかもしれない。そのまま、成宮の口が大きく開かれてゆく。そこに、自分の乳首が入って行くのをスローで見ていた。
「ああっ!」
 叫んで、舌の感触を震えながら味わう。ざらざらと、それでいて艶めかしく這い回る舌。これ、これが欲しかったのだ。苦しいほどの快感と背徳感。吐息混じりに成宮の肩に手を掛けると、そっと唇は離れる。
「……とても可愛らしい。これから、僕が新しい世界を見せましょう。貴女が嫌と言っても、身体は反応しているじゃないですか。こうしたかったんでしょう。悪い女(ひと)だ」
「言わないで、……下さい……」
「いいえ、これから僕が紡ぐ言葉は貴女にとって快感の道具になる、はずです……」
 縄の結び目が、いつのまにか六角形に広がって、そこに更に縄が通っていく。自分の胸の裾野を赤く、縄が這うのは興奮する。複雑過ぎて、自分にはどう縛っているのか全く分からない、それでも成宮の手つきは慣れており、縛りながらも私の肌に舌を這わせていくため、その都度、びくっと反応したり、声が漏れてしまうのだった。
「さあ、あとは下半身です」
 腹まで、まるで亀の甲羅の様に六角形の文様に結ばれていく中で、スカートと下着をそっと、取られていく。薄暗くなった部屋の中、その場所にも縄が這っていくのだった。
「ここは、少し……拡げますよ」
 恥毛のサイドを縄が這っていくのだが、やや拡げるようにして結んでいくため、少し成宮に見えてしまっているのだろう。恥ずかしくて手で顔を覆ってしまっていた。
「ああ……そんなことまで……」
「とてもいいです。僕はね、ずっと、こうしたかったんですよ」
 見事に縛りあげられた身体を見て、感嘆の吐息を漏らす成宮は、とても興奮しているのが分かった。
 背部でぎゅっと縛られ、きつくされると全体が締まっていくのが分かる。それでも、六角形の縄は互いに引っ張り合い、均等に縄がしまって行くのが分かった。
「ほら、綺麗だ……いずみさんの綺麗な胸が、更に張り出して。感度も上がっていますよ、きっと」
 そっと先端に触れられると、今までの感じ方とはまるで違う感覚が襲ってきた。
「あっ……!」
「……ほら、こんなに感じている。今までの倍、いや、それ以上ではないですか」
「ああ、こん、な……こんなこと」
「縛られればこんなに気持ちよくなるんです。この艶やかな乳首は、縛られた効果なんですよ」
 そんな、媚薬のような効果があるのかと信じられない気持ちで成宮を見る。その顔は、いつもとは違う、高揚しているのが表情で見て取れる。自分の緊縛された姿を、この人が喜んでいる。そう思うと自分の気持ちもあがっていく。拓也の事を聞かれたことも、気にならなくなっていた。
 見てみると、本当に乳首から乳輪の辺りが張りだし、てかてかと輝いているように見えた。
 成宮の尖らせた舌が、そこにゆっくりと近づいていく。どきん、どきんと動機が止まらない。その動機で、乳房が揺れる。ああ、舐めて欲しい。いや、このまま舐められたら私はどうなってしまうのだろう。怖い。でもその先に行きたい。成宮の見せたいものを体験してみたい……様々な思いが交錯して、それでもそれを望んでいる自分に打ち勝てない。だめだ。快感に、抗えない……
 舌がつん、と触れただけで、身体が反り上がって一気に電流が走る。
「あうっ……」
 おおよそ、セックスの時の声ではないような声を漏らして、私は彼を凝視する。にやり、嬉しそうに、それでいて怪しく光る目。左目の黒子が官能的に私を導いている気がした。
「いいでしょう、張り詰めた乳首は……舐められていきなさい、まずは」
 ちゅ……と、ゆっくり口腔に入っていくその先端を見つめていると、ガクガクと身体中が痙攣して、自分の座っている身体を支えきれない。制御出来ない身体を、成宮の身体に手を回してなんとか抑えた。
「そんなっ、なるみや……さあん……いや、いや……」
「もういきそうじゃ無いですか。腰まで動かして……貴女はそんなに淫乱でしたか?と……くく、とてもいい。……嬉しいです」