lesson7:蜘蛛の巣(2)

「今日は、少しお疲れのようですが」
 成宮の自宅、リビングのソファーに座ると、成宮は声をかけた。
「いえ、そんなことは」
 慌てて言うと、彼はキッチンで紅茶を淹れながら私を見る。
「……何が、あったのですか」
「……、あの」
 私は戸惑いながら、話していく。私の中で、考え方が徐々に変化していっているのがわかる。職場での自分の立ち位置、気持ち、後輩に対する気持ち、先輩に対する攻撃的な気持ち、周囲の同僚へのジレンマ……
「……なるほど」
 成宮は、そっとティーカップを私の前に運んできた。
「いずみさんは、きっと今まで影のように暮らしてきた……違いますか」
 影。
 確かにそう言われればそうかもしれない。誰かの影に隠れて、目立たないように。主張しないように。母親の機嫌を伺い、父親の偶像を追って、それでも寂しい自分を曝け出せない。
 拓也と意気投合したのも、影のままの自分を認めてくれた、だからだったとしたら。
「深くはききませんが、寂しかった……のですか」
「……」
 一口飲んだ紅茶が、温かい。この人はどうして、私の内面をこうも抉るのだろう。
「寂しかった……のでしょうか」
 拓也では、この寂しさは埋まらない。埋まらなかった……
 成宮は、すっぽりと私の心の穴に嵌まってしまうほど、違和感も無くなっている。あんなに激しいセックスをしているのに。スパンキングをされ、アナルを開発され。よほど普通の関係では無い。それなのに……
「同じです。僕も寂しかったのです。いずみさんと会うまでは。ずっと……」
 この人が既婚者だというのは分かっていることなのに、言葉に疑問を感じないのは何故だろう。寂しかった、だから私を抱いた。お互いが必要になってしまった。これは必然でしかないのだろうか。
「職場でも、心に変化があったら正直にしてみるといい。僕が失敗しても、成功しても、褒めて、叱って、いずみさんを受け止めます、だから」
 心がじんわりと温かくなる。嬉しい。この人がいる限り、私は大丈夫。切り抜けられる気がする……
「成宮さん、あの」
 成宮は紅茶を飲みながら私を見つめた。
「……もう一つ、相談があって……実は」
 言おうと思っていないのに、言葉が止まらない。どうしよう。これは黙っていなくてはいけない。それなのに、止まらなかった。誰か、私の口を塞いで欲しい。お願い、どうか……
「私、プロポーズされました」
「……」
 成宮はゆっくりと、紅茶のカップを置く。緊張で、喉が渇いてしょうが無い。どうして私は、この事を話してしまったのか……
 どきどきと、心臓の音がものすごい。どうしよう。成宮の顔は、まるで変わらなかった。
「僕はね、今日、貴方がここに来たときから」
 どきん。
 どきん。
「めちゃくちゃに縛って、泣かせたかったんです」
 突然、キスをされる。熱い舌が口腔を這い回る。息が出来ない。苦しい。苦しくて、私は成宮の背中を叩く。でも、屈強な成宮の背中は、叩いた程度では何でもなさそうだ。激しく舌を吸われて、首をふるとやっと離してくれた。
「はあっ、はあっ……ああ」
 漏れる吐息と、成宮の呼吸。平静に見えるが、彼が怒っているのが分かる。これは感情?彼の何か、が漏れ出していくのが分かる……嬉しい、私が彼をこんなにも揺さぶる事ができるなんて。
「結婚、するのですか」
「……いい、え」
「……いずみさん。もう一度。結婚するのですか」
「いいえ」
 涙声で返事をする。成宮は一言、こう告げた。
「……彼氏と結婚するのでしたら、貴女が一番欲しい膣に、入れてあげましょう……どうしますか」
 頭が一瞬、何を考えているのか分からず弾け飛ぶ。どういうこと?一体、彼は何を言っているの……
「なにを、何を……言っているのですか」
 ふふ、と成宮は笑った。
「貴女と私が本当のセックスをする条件……それは貴女が、彼氏と結婚することです」
「……そんな……」
 成宮の顔が、楽しそうに笑っている。愛おしそうに、私を見つめる。どうして、そんな風に笑えるのだろう。どうして、こんなに残酷なことを。
「……いずみさん。いや、僕の犬、ですね。返事は」
「……いいえ、いいえ……」
 そういうのが精一杯だった。首を振って、私は懇願するように手を重ね、祈る。
「僕に逆らうことは許しません。彼氏と結婚するんです。いいですね」
 声が出なくて、悲しくて涙が出る。そうしたら、成宮にこうしてもらえなくなってしまう。嫌だ、という感情が先に出て、私は全く成宮の目を見られなかった。がたがたと身体が震える。
「……さあ、僕の可愛い奴隷。はい、と言えば、許してあげますよ。どうするのです」
「いや、嫌ですっ……ご主人様、それだけは……」
「口答えは許しません。これは命令です。それに逆らったら、どうなるか分かっていますね?」
 ぎくり、とする心。
 でも、その甘美な痛みを欲している自分が、いた。
「今日は僕を怒らせたいようですね、いずみさん……」
「いえ、あのっ……ごめん、なさ……」
「脱ぎなさい。ここで。今すぐ」
「は……はいっ」
 私は慌てて着ている服を脱ぐ。職場から直行でここに来たため、体臭が気になる。お風呂にも、入っていない。どうしよう……こんなすぐにプレイが始まるとは、思っていなかった。