lesson1:憂鬱な三十歳(5)
「震えている……怖いですか」
こくんと頷くと、そっと、唇に触れるだけのキス。この人はとても優しい。自分は今まで、こんなに優しくされた事があるだろうか。縄で女を縛る人がこんなにも優しい人であることに、驚きながらも心がしっとりと濡れていくのが分かった。
「大丈夫です。必ず貴女を満足させますから」
そう声をかけられると、ほんの少し期待の方が勝つ。不思議なもので、未体験で怖いはずなのに、成宮を信じている自分がいる。すると、はだけた胸にそっと、一本の縄が這う。
「いいですか。いずみさん。貴女はとても魅力的です。このまま僕が全てを暴いてしまいたい。でも、勿体ないので少しずつ。少しずつ、見せてください」
成宮は、胸の上部に一本、縄を這わしたかと思うと、そのまま後ろで交差しているのだろう、今度は胸の下部に縄を持ってくる。それを二回繰り返して、脇できゅっと縛った。結構なテンションがかかっているかと思ったが、意外と痛みは無い。まだブラウスも完全には脱がされていないため、少しだけブラジャーが露出している。
「ああ、綺麗ですよいずみさん」
そう声をかけると、そっと谷間に指を這わされる。
瞬間、びくん、と身体が揺れるのが分かった。どうして?今まで触られただけで、こんなに感じた事があったろうか。拓也との時は……思い出してみても、そんな記憶は無い。
「敏感ですね。楽しみです」
すると、成宮の顔が近づく。その髪の毛の匂いが、いずみの鼻腔に届く。男性のコロンだろうか、爽やかな匂いがしていずみの心は高鳴った。
ふ、と息をそこにかけられると、声が漏れた。恥ずかしくて口を腕で隠した。
「ふふふ」
成宮は笑って、そのまま舌を這わしてくる。谷間をなぞる舌は上下にぬめって、下腹部を刺激する。たまらず声をあげてしまい、背徳感に背筋がゾクっとした。
「まだ、谷間を舐めているだけですよ。可愛い方だ」
「あ、の……こんなの、初めてで……どうしたらいいんですか」
「いいんです。そのまま、僕に可愛い声を聞かせてください」
丁寧に言われて、安心する。目を閉じると、成宮の舌を敏感に感じることができた。徐々に胸が開いていくのが分かる。身体が緊張から、弛緩していく感覚。更には、座っている事も出来なくなるくらい、力が抜けてきている。そっと、先端に両手を宛がわれて、吐息と声をあげる。
「あっ……はあっ」
「すごいです。下着の上からでも硬くなって」
煽られるように言われて、恥ずかしくて身体を捩った。力が抜けた身体は、ベッドの上に容易に倒されていた。
成宮は自分のネクタイを外すと、そのまま両方の手首をそっと結ぶ。後ろ手に縛られて、自然と胸がせり出るようになっていた。
「それでは、見てもいいですね?いずみさん」
確認されて、逆らう意味も無いので頷く。ブラウスとブラジャーを左右に寄せられると、美しく張った自分の乳房が露出した。
「ああ、いずみさん。綺麗です。とても綺麗」
赤い縄が自分の白い肌に食い込むのが分かる。その狭間は、胸の柔らかさと縄の適度な硬さが相反して反発し合っていた。締め付ける力がちょうどいい。ほんのり、きつく。ほんのり、気持ちがいい。
「そんな……ああ、はずか、しい」
縄で圧迫されて、せり出した乳房。先端は輝くようにてかてかと光っていた。まるで自分の胸ではないような、そんな感覚がする。これは、何かの魔法なのだろうか。
「縛ると、肌が張って何倍も美しくなるんです。食い込んでボリュームも出る。そそりますよ」
確かに、真っ赤な縄が食い込んでいるのは官能的である。女の自分が見ても、扇情的であると露骨に感じるのだった。
「……まるで、僕を待っていたみたいですね」
「あっ」
そう言うと、成宮は先端にそっと、指の腹で触れる。それだけで、何かが漏れ出たような不思議な感覚を感じる。不安になって、いずみは成宮に聞いてしまった。
「あの、成宮さん。何か、漏れたような気が……恥ずかしいんですが」
すると成宮はクスクスと笑う。
「感じてしまっているんですね、いいんですよ。感じるとそうなるんです、女性は」
そのまま、先端に成宮の唇が近づいていく。スローでそれを見ているような感覚がして、臨場感がすさまじい。これは一体何のマジックなんだろう。
「あああっ……」
触れただけで、身体がベッドから跳ね上がるのが分かった。ただ、乳首に触れただけ。それなのにこの快感はどうだろう。手が動かせず、歯がゆい。今まで体験したことのない感覚が、いずみを襲っていた。
「可愛い人。本当の快感を知らない、うぶな方だ」
右側の先端が、暖かいもので覆われる。それだけで、弾けるような感覚がいずみを襲う。我慢していた声は、明らかに大きく、制御出来なくなってきている。下半身が切ない。この感覚は何だろう。いつのまにか、最初に感じていた彼氏に対しての背徳感のようなものは消え失せてしまって、今残っているのはつんざく快感だけだった。
「成宮……さんっ、あ、の……私……わたしっ」
「いいんですよ、このまま感じてください。どうしたんです、もうやめますか?」
その質問には首を振る事しかできない。感じたい。もっと感じたいのだ。今までの燻った快感を、この人は全て昇華してくれている。
「勿体ないですよ、こんなに綺麗なのに……やめてしまっては。僕も大変興奮しています。貴女があまりにも可愛いから」
低い声で甘く甘く囁かれて、今度は耳朶を噛まれる。ああ、と吐息を漏らすと、今度は舌を吸われる。何もかもが洗練されている、成宮の戦術に溺れていく気持ちよさ。全て解き放ってしまいたい。このまま、全て曝け出したい。
「気持ちいいですか」
「はい、すごく……気持ち、いいです」
「嬉しいです、貴女がとても感じてくださって。縄は、相性がありますから。僕は貴女を一目、見たときから」
ごくり、と、自分の唾を飲む音が聞こえる。
「縛ってみたくてしょうがなかった。さぞかし綺麗だろうと思いましたよ。こんな清純なお嬢さんが、縄で縛られて快感で震える様は」
ああ、と感嘆の声を漏らす。気持ちがいい。こんなに露骨に快感を引き出された事があっただろうか。拓也でも、それ以外の男性でも無い。経験の無い感覚である。
ちゅ、と成宮は軽くキスをしてくれる。まだ何もしていない。縄で縛って、胸を少しなめられただけ。それなのに、自分はもう、いつでも絶頂してしまいそうだった。
脚を閉じて、もじもじと捩るいずみを見て、成宮はじっと見つめた。
「いずみさん、もしかして、いきそうですか」