lesson6:恋慕の代償(5)
その部屋を、この目で見るのは初めてだった。
人間を吊るための、ワイヤーがつるされた天井。特殊な金属を張り巡らして、作ったのであろうその部屋は、ドミナントがサブミッシブを調教する部屋、なのだろう。奥には白いシーツの掛かったベッドが置いてある。無機質な部屋には、幾つもの和箪笥が置いてあった。
そこから、赤い縄を出す成宮。大人しく、穏やかな彼は、私の頬をそっと触った。
「後悔、しないですか。私は、貴女を」
「いいえ。私は、成宮さんのものになってみたい。完全に、あなたの世界に入りたい。もう、いやなんです。私のどこをどうされても、後悔はありません」
苦しくて、縋る気持ちで成宮に言う。私は、私という身体から解放されたかった。私という箍が外れたら、どうなってしまうのだろう。辛い気持ちは、なくなるのではないか。そんな気がした。
「……分かりました。僕が必ず貴女を満足させます。もう二度と戻れなくなっても、僕が一生」
その先は、成宮は言わなかった。ただ、寂しそうに笑った。
「セーフワード、覚えていますか」
「はい。正樹さん」
「そうです。忘れてはいけません。それから、私の言うことには、はい、と答えて。僕のことは、ご主人様と呼びなさい。いいですか」
ごくり。自分の唾を飲む音がした。成宮、ではなく、ご主人様、というのか。違和感はある。でも、これが私の望んだことだ。
「はい。ご主人様」
「いいですね。ぞくぞくしますよ」
そっと、縄を首に掛けられる。この瞬間がたまらなく好きだ。
「可愛い人だ。貴女は、僕だけのものになる。こんな日が、来るとは思っていませんでした。今日は、僕にとって最高の日」
そう言いながら、そっと、ブラウスを取っていく。その、衣擦れの音と成宮の興奮による吐息。それだけで、私の心と身体は、濡れていく。
編み目のように張り巡らされた縄は、いつものように亀甲模様を織りなして私の胸に、肌に食い込んでいく。下着を丁寧に取って、成宮は縄を編み込んでいく。身体が熱い。また、酔っているような感覚が襲ってくる。くらくらと、成宮の縄が食い込む度に私は揺れる。
「はあっ、はあっ……」
「ああ、もうきまって来ましたか。覚えが早い。縄酔いですね、これは」
「ああ、ああ……」
快感で痺れて、頭が言うことを利かない。早く触って欲しい。でも、焦らして欲しい。縄の痛みが気持ちよくて、立っていられなかった。
「吊るしてあげましょう。この前も気に入っていましたからね」
ワイヤーの音が静かな室内に響く。ギイィ、と言うその音がすると、私の身体は手首に縛られた縄で吊され、両手が挙げられた様になる。
「縄を持つんです、そうそう」
縄を握らされて、そのまま私は縄に全てを預ける。顕わになった腋を、そっと成宮の舌が這う。
「あっ、あっ……」
初めての衝撃に、身が捩れた。
成宮の舌が、腋の細かい組織の隅々まで舐めあげていく。そのまま、がっちりと縄で囲まれ、隆起した胸に掌が這う。跳ね上がる身体を無視して、舌が、指が蠢いていく。声をあげてその喜びに震えていく……この感覚が、欲しかった。私の中身が変わっていくような、不思議な感覚……
スカートを取られ、今度は下着に手がかかる。下着の中に手が入るのかと思ったら、そのまま、下着ごと、私の匂いを嗅ぐ。恥ずかしい。でも嬉しくて、ずきずきと腫れ上がっていく自分のその場所に意識を集中させる。成宮の吐息が、唇が。布越しに触れただけで、それだけで生きている価値があるような気さえしてくる。
「ああ、いい香り……ご主人様を待つ、奴隷の良い香りがします」
奴隷。私は成宮の奴隷なのか。逆らうことをしない、許されない奴隷。刺激的な言葉が、私を更に高めていく。
「ああ、あ……」
快感と恥辱で身を捩ると、早速命令が下る。
「動いてはいけません、じっとして」
「はい、ご主人、様……」
素直にそう答えると、一気に脳内から何かが身体中へと広がっていく気がする。縄酔いでくらくらしている身体が、今度は快度のギアが入って、触れられただけで絶頂しそうな位だった。
「力を抜いて……そう。とても上手ですよ。逆らわないで」
脚の力を抜いて、だらしなく拡げる。必死で縄を掴んで、落ちないように踏ん張る。その格好を楽しむように、成宮は冷たくクス、と笑った。
「自分を曝け出す……何も飾っていない、そのままの貴女がとてもいい。僕の思うままに。従順にするんですよ、……いい子だ」
褒められて、天にも昇る気になる。この人に従っている。逆らう気が無くなっていく。今まで、成宮に反発しようと思っていた自分が何処かにあった。でも、今はもう、このまま溺れたい。成宮の思うまま……
「ありがとうございます」
するりと口から出て、成宮はちゅ、と軽くキスをくれた。触れられないのが辛い。でもその制限さえ、今ではもう、快感の一つとなっている。掌が、私の臀部に宛がわれ、包まれていく。弄られ、撫でられ。快感でじわりと濡れていく。
「ほら……まだ何もしていないのに、こんなに濡らして……下着を着ては帰れませんよ。いつから濡れていたんですか」
「今、ご主人様が、私の匂いを嗅いでからです」
「ほんとうですか、だって今日貴女は……彼氏と会っていたのでは」
途端に背筋に悪寒が走る。どうしてか、この人は知っている、私が拓也と会っていたことを……
「セックスをしていたのでは無いですか」
「ちが、違い……ます、拓也とは、もう」
「どうやって証明しますか、それを」
「でもっ」
「……僕の奴隷となった今では、彼氏とセックスをすることは許しません。貴女は、僕の腕の中。一生逃がしませんよ……」
「信じて下さい、私は……拓也とはセックスしません。出来ないんです。それに、ここは、成宮さんが……」
成宮、と名前を出した途端、彼が触っている臀部に、ピシャリ、と掌が打ち付けられた。