lesson10:見えない痕(3)

 二次会の会場は式場から少し離れたイタリアンのバーで、今日は貸し切りになっている。田町が遅かったね、と言ってきた。
「道路が混んでて、ごめん」
「いーや、お待ちかねだよ。主役の沢城夫妻。もう、全員集まってる。すごいね五十人が来るってさ。さ、こっちこっち」
 沢城夫妻。すごく新鮮な響きだった。田町に案内されて、店の一番奥の個室、荷物置き場に案内された。
「田町さん、今日はありがとうございました」
 拓也が言うのを、田町は気にしないで、と返す。頼りになる同期だ。信頼できる。もっとも、来週からは私の部下になってしまうのだけれど……それさえも彼は気にしてなさそうである。
「俺が結婚するときは、頼みます、二次会」
 もちろんです、と拓也が返す。二人とも、会った印象は好感触のようだった。
「今日は、僕の仕事のプロジェクトの紹介をしてくれるってことで、タブレットをお預けしたくて」
「ああ、聞いています、じゃあ、こちらへ……お店のプロジェクターで見せてくれるみたいです」
 拓也と田町はスタッフルームに消えていく。喉が渇いてしょうがなくて、バーのスタッフに水をお願いした。
 会場は人混みと化していて、特に拓也の職場の人間が多かった。今日、拓也が持ってきたプロジェクトを聞きに来る人間は、拓也の会社以外にもいそうだった。中間管理職から、更に上を目指そうとしている拓也は、何か新しいことをしようとしている、そういうことらしい。
 ざわざわと、拓也の仕事、アパレル関係の人間が騒いでいるのが聞こえた。
「やり手だねえ。最近のアパレルって言うのは……ここまで広く手を回すもんなんだ」
「……いや、でもさ、……出資者を募って……一般の人間まで巻き込むってのは……ある意味賭けだと思うよ」
 途切れ途切れに聞こえてくる声は、私たちの結婚式の二次会だけの目的ではなさそうである。
「でも、お宅稼いでるでしょ……ははっ、いやービットはさ……それだけでも」
「こっちの出資者はみんな、それを見ているよね……株式が上がるって聞けばさあ……そうそう」
 どうやら出資関係の人達も呼んでいる様子で、貸し切りの限度五十人めいっぱいが来ているのも頷ける。拓也はどんな企画を発表しようというのだろう。
 パンパン、と拍手の音がして、田町がマイクで話し始める。
「皆様今日はお集まりいただきましてありがとうございます。本日は、沢城拓也・いずみ夫妻の結婚式、二次会にようこそ。本日、この二人を祝福するべく、拓也さんの新しいプロジェクトもご紹介いただきます」
 更に拍手と歓声があがる。
「それでは、今回の主役、新郎の沢城拓也さんから一言お願いします。なお、新婦は最後ね、よろしく花巻!」
 田町の明るい話し方と気さくな性格は、会場のみんなを和ませている様子である。薄暗くしている会場に、スポットが当たった。
「ただいまご紹介いただきました沢城拓也です。この度はお忙しい中、パーティーにご参加いただきましてありがとうございます。本日ご紹介させていただきますのは、アパレルで上場しました私の会社、『BECOME』の今後の展開についてです。つきましては……」
 拓也の話をなんとなく聞いていると、どうやら株の種類を増やし電子化し、他の会社と共同して使用できるコインを対価に渡していく、というシステムを作り上げる、と言ったところだろうか。
「それでは、当社の紹介画像を見ていただきます」
 拓也はプロジェクターに映す作業を、スタッフと共にやっている。トイレに行きたくなって、私はドレスのまま、カウンターを降りていく。人混みはすさまじく、なかなか奥へと通っていけない。
「すみません」
 通り過ぎる度におめでとう、と言われながら、私はその祝福をスルーする。結婚式が退屈なのでは無い、結婚相手が退屈なだけなのだった。でも、私の目的は全く別のところにある。これが、私の幸せなのだ、と心に言い聞かす。決して、私は後悔しない。何度も何度も考え、出してきた答えだった。
 お色直しで着ている薄いブルーのドレスに合わせて、ブルーの生花を頭に付けている、その花が一つ、参加者の一人に当たって落ちた。
 拾おうと手を伸ばすが、ドレスが邪魔してできない。すると前から花を拾ってくれた。
「ああ、すみません、ありが–––」
 お礼を言おうとして、そのまま、固まってしまった。
 成宮がいる。彼は、黒いスーツを着て、私の目の前に立っているのだった。
「とても綺麗ですね。本日はおめでとうございます」
「あ……ああ」
 言葉が出ない。まさか、ここに彼がいるとは思っていないからだ。
「どうして……どうして……」
「僕のいずみさんの晴れ姿を見ない手はないでしょう」
 でも、と言おうとすると、そのまま手を引かれる。中の個室へと入ると、彼は扉に鍵をかけた。
「僕のいずみさん。とても綺麗だ……僕の花嫁。さっきは、遠隔カメラであなたを見ていたのですよ。ヘアメイクの方にはお世話になりました。昔のサブミッションだったのですが」
 成宮の言葉がほとんど頭に入ってこない。どうしよう、ここには拓也がいる。彼に、こんなところを見られたら……今までの計画は丸つぶれである。
「そんな、でも、拓也……が」
 そう言葉で拒否していても、私は彼に逆らえない。それどころか、私は彼が背中のホックを外していくのを、拒否せずに助けている。
「ああ、会いたかった……いずみさんの匂い……たまりませんね」
 首筋のにおいを嗅がれて、どきん、どきん、と鼓動が高まる。まさか、こんな日まで……結婚式のプランのために、私たちは一月、会っていなかったのだ。
「拓也に知られたら、いけません、こんな……」
「大丈夫です、彼は今日の出資の話に夢中です。十分、新婦にいたずらができますよ」
「出資……もしかして」
 ふと、気になったことを口に出してみる。
「そうです。僕も、『BECOME』の出資者です。拓也君も、僕を拒否することはできないですから」
「成宮さん……」
「会いたかったですよ」
 そのまま、コルセットをそっと外される。外気に触れて、きつかった圧迫が解かれる。その、そり立った乳首にそっと、唇が触れた。
「あああっ」
 電流が走ったかのような、その快感。何度も何度も、彼の魅力に絆されて、快感は倍増する。そう、会ったときよりも、もっともっと。私は彼の魅力に嵌まっていく。