lesson6:恋慕の代償(2)
戻ると、栗田と清水が並んで私のデスクに来ていた。背筋が寒くなる。
「ちょっと、花巻さんいい?話したいんだけど」
「すみません、先輩……」
青い顔で、清水は言う。対する栗田の顔は、紅潮して赤く見える。
「何のお話ですか」
「何のって……清水さんのことよ。仕事の仕方が気になって。貴方にも聞いて欲しいの」
「そ、それなら……」
と、隣にいた田町の袖を引っ張る。
「田町も一緒に。いいですか」
「え?なんで俺?」
すると栗田は露骨に嫌な顔をする。
「別に田町君はいなくても」
「いや、一応私の同期ですし……男性がいた方が、冷静に話ができるかなーと」
苦し紛れに言うと、じゃあ、こっちで、と栗田が会議室に誘ってくる。しゅんとした様子でそれに着いていく清水は、縦巻きのカールにフリルの淡いブルーのシャツが女性的で可愛い。でも、一目を引く格好だった。
会議室に入ると、栗田がパイプ椅子に腰かける。それを合図に、民ぁガ椅子に座った。
「清水さんね、あなたたちの方で働く訳にはいかないかしら」
「それはどうしてですか」
「どうも、働き方がなってないのよ。相棒と息も合ってないし……このままじゃ、相手が参っちゃうと思うの」
面倒臭いこの話に、どうして私がいるのか不思議でならない。相棒、というのは漆原さんのことだろうか。
すかさず田町が言う。
「漆原さんは、なんと言ってるんです」
清水が、少し明るい声で言う。
「あの、漆原さんは、気にするなって」
「貴方には聞いてないから。黙ってて、いい?」
強い言い方の栗田に、内心苛つく自分がいる。今までの私なら、完全にスルー案件だ。でも、心の奥底で芽生えるこの感情は、なんだろう。ふつふつとした怒りが、湧き上がってくるのを感じる。
「花巻さんの育て方も悪かったかなあ、って思って。だから一回そっちに返して、もう一度学習させたらと思うのよ」
一方的な栗田の話に、清水は今にも泣きそうである。
「それ、保科さんには話しているんですか」
直属の上司は保科と言って、私達事務課の課長になる。事務課の中でペアが決められているのだ。
「あなたがお墨付きをくれたら話にいこうと思っているのよ」
ぼんやりと、上手く誘導していく栗田。私は上手く言いくるめられて居るようで不快になってくる。いつものわたしなら、そこでそのまま投げているのかもしれない。でも。私にも、何か出来ることがある気がする。いつも言わずに感情を隠していた自分では無く、本当に今、思っていることを、話したい。
「漆原さんとよく話して下さい。しかも栗田さんのペアは違う人だし、教育係でもないし。少し過保護では
ないですか。私としては、清水さんは一人でもう出来ると思っています。至らないところは指導していただいて結構ですが、少し離れていただきたいんですよ。いつまでも誰かが隣にいたら、成長できませんし」
田町が意外、という顔で自分を見ているのが分かった。
「なので、この件は、無かったことに。それから、相談には来てもらって構いませんけど、基本はペアがするものですから。漆原さんに一任して下さい。栗田さんは、清水さんから手を引いては」
栗田の顔が、更に赤くなる。
「でも、私はね、清水さんの為を思って」
「なら尚更じゃ無いですか。このまま栗田さんが指導しても、何も解決しない気がしますよ。男なんて、結構野放しですけどね」
田町が追い打ちを掛けるように言う。栗田は赤い顔のまま、私達を睨んでいる。
「私に逆らうの?君達……二人揃って」
「逆らうんじゃありません、普通のルールに則って言ってるんです。もし不服なら、私達の方から保科さんに報告しますけど」
半ば強引に二人で栗田を牽制する。清水は、見るともう既に泣いていた。気が緩んだのかもしれない。
「あなたたち、本当に分かっていないわね」
「仕方ないです、考え方が違いますので」
田町が言い切る。それから、失礼しますと言って清水を連れて外へ出て行った。
「花巻さん、あなたには失望したわ」
腹が立って、でも自分の気持ちを言えた快感が勝って、私は言う。
「私もです。栗田さんには失望したくなかったです。尊敬していますので」
そういうと、栗田は何も言わなくなった。元々は聡明で、気遣いの人だったのに。何故、こんなにも女は変わってしまうのだろう。でも、もしかして、拓也から見た私も……?そして勿論、成宮から見た私も。
失礼します、と言い放って私も田町に続いて部屋を出て行く。
栗田がその後どうしたかは分からないが、姿を見なくなった。私は仕事終えると、飲もうと誘う田町を断り退社しようとしていた。
「清水ちゃんがさ、話したいって」
「え、いいよ。そこまで野暮じゃ無いよ、私」
「サンキュー名。恩にきるよ」
へたくそなウィンクをして、田町はおどけた。清水は大丈夫だろう。田町がついている。