lesson9:食い込む音(3)

「目には見えませんが、この感覚は貴女と、僕だけが今感じています」
「そうなの……ですね」
「僕を受け入れてくれた貴女は、とっくに僕のものです。でも、僕は……妻が死なない限りは、きっと。だから」
「私は、拓也と……結婚する」
「そうすることで、完全に僕が貴女のものになる。交換です、貴女も僕と同じ苦しさを––それが、僕の希望です。それを叶えてくれたら、僕はもう」
 悲痛な心の叫び、歪んだ成宮の希望。私が結婚したくない拓也と結婚するという絶対的な服従、それを以て私への忠誠を誓うと……何という悲惨な状況なのだろう。それでも。私は……
「この身を捧げます、いずみさん、貴女に」
「ああ……成宮さん、夢ではないのですね」
「夢じゃ無いです、貴女は拓也君と結婚し、僕は貴女のものになる。これは本当のことなのです」
 流れ落ちる涙は、決して絶望の涙では無い。嬉しくて、たまらない。成宮の表情が、いつもの余裕のある表情では無いことも、変化を表しているのかもしれなかった。
 はだけた胸をじっとりと見て、白のブラジャーをそっと取っていく。ブラウスの袖を抜いて、下着を取るその表情は、未だに苦痛のようである、成宮の気持ちが、手に取るように今は分かる。今まで、彼がわざと知られないようにしていたのだ。そおれは明確だった。彼の髪の毛に触れてみる。少し硬くて、それでもよく櫛を通してあるだろうつややかな髪。一本一本まで、愛おしい。私のこの心を、分かって欲しい、この人に。そのためなら何でもする。
 先端に触れて、彼はちゅ、とキスをする。彼の唇の皺が、乳首を刺激する。待っていた人の、この甘美な苦痛はどうだろう。痛いのか、気持ちがいいのか、最早分からない。自分の漏れ出る声が純白の部屋に溶けていく。この部屋を、彼はどんな気持ちで作っていたのだろう。妻部屋だったここを、私を抱くための部屋に変えたのだとしたら。一体どんな気持ちで……
「あうっ、ううっ」
「いずみさん、いずみさん……僕のものです、永遠に。貴女は」
 そう言われてとろけていく身体。じわっと何かがあふれていく感覚が止まらない。キスをされて、歯の裏まで舐められる。舌が口腔の隅々まで行き渡る……この上ない喜びが、心から身体から、彼の肌を通して伝わっていく。そのまま、臍の中に入れられる舌に、私は狼狽する。
「ああっ、成宮さん、あっ」
 ぴちゃ、ぴちゃ、という唾液の音。舌がそこをくすぐって、身体がよじれる。我慢できない、底から突き上げられていくこの気持ち……
「可愛い、ああ……僕のものです、この小さな穴さえ」
「だめですっ、そんな、ところ……」
「全部僕のですよ、その代わり」
 そう言って彼は私の指を自分の頭に宛がう。
「僕も貴女のもの。何でもします、何でも」
 彼の頭を抱えて、私は嬌声をあげる。くすぐったさの中で、確実にある快感を探る。それに気づいてしまうと、もう戻れない。奥から奥から、次々にあふれていく愛液が分かって、嬉しくて恥ずかしい。早く下を見て欲しい。この、濡れに濡れた身体が、私のほんとう……
「足がよじれて可愛い。見せてください、どうなっているか」
 白のレースを剥ぎ取って、彼は中央の染みを見つめる。れろ、と一舐めして、美味しいですよ、と言った。
「そんな……」
「恥ずかしい顔を見たかったんですよ。貴女のそういう顔はそそられます」
「あ……」
 そう言いながら、そっと襞の隙間に指が這う。一本、二本、と増えていく指。隙間と隙間に挟まり、激しく濡れているであろうその場所を撫でる。それだけでとんでもなく気持ちいいのに、彼の冷たい唇が私の唇に重なる。
「んん……」
 満足な声を上げて、私は呻く。今まで、どうやって縛られてきただろう。彼が私にすることは縛ることと、イラマチオ、アナルに入れること。彼が私に愛撫していたのは、途中までだった。今日は、丁寧に私の身体を触っていく彼。これが、お互いに所有することなのだろうか……
「僕も、貴女を喜ばせたいのですよ。縄で縛らずにするなら、沢山したいです。貴女の好きなところは、知っていますが…… ここ・・ は、まだ知りませんので」
 そう言って、入り込む彼の中指は、そっと、優しく中を探っていく。
「うう!」
 優しい指に声を上げると、その声は彼の口腔に消えていく。代わりに、脳内は薔薇色のような、甘美な色が満たしていた。
「ああ……柔らかいです、いつもここは欲しがっていましたね……知っていますよ。貴女が僕を欲していたのを」
「はい、はい……欲しかった。欲しかったのです」
 そう、いつも本当はここに欲しかった。成宮の舌がここに触れたのは、いつだったろう。私が彼のことを舐めることはあっても、彼が私のここに触れることをしなくなっていったのは、必然?それとも最初から決まっていたことだったのだろうか。
「僕が欲しくて欲しくて、たまらない。そういう身体と心にしたかったのです。そうしなければ、貴女は僕のものにはならなかったでしょうから」
「そんな、そんな……私は」
 思い起こしてみると、成宮への私の気持ちは、入れてもらえないことで神聖なものになっていた気もする。私に「入れない」成宮が絶対的であったのは確かだった。
「少しざらざらしています。ここに入れたら……気持ちがいいでしょうね……」
 そう言いながら、彼は私の中を探る。探りながら、指はそこを優しく擦った。なぜか尿意を感じるような、不思議な感覚がした。
「あううっ……」
「気持ちいいんですね……いずみさん……可愛い人……僕のいずみさん」
「はいっ、そこが、気持ちいいです……気持ちいい」
「ああ、これは……とっても気持ちよさそうです」
 命令しない成宮が、びっくりするほど優しい。それが嬉しくて、でも少しだけ不安になる。これから、私はどうなってしまうのだろう。
 そのまま、長い指が底を執拗に擦る。気持ちよくて、少し怖い。何かが漏れそうになって呻くとすぐに口を吸われる。もう、この人に全て預けたい。全部知って欲しい。
「ああっ!成宮さん、これ、だめです……なにか、漏れそうになって……ああ」
「いいんですよ、そのまま……快感に身を委ねて」
 成宮の優しい声を聞く。切れ長の瞳を見つめると、またキスがしたくなる。繰り返して行く度に、自然と口を開けるとキスをしてくれる。こんな幸せがあるだろうか。